新幹線のさらなる高速化と世界標準化を阻む要因(私的備忘録)

箇条書き版 ver.1 updated on 8.5.2010

【世界に広がる超高速鉄道】

・大量輸送能/優秀な環境特性

 -先進国だけでなく新興国における輸送需要増大 

 -その一方で、強まる総エネルギー消費・温室効果ガス排出抑制という全地球規模の要請→航空ではその負託に応えられない

参考:1人を1kmあたり輸送する際に排出するCO2量(単位:グラム)
鉄道 19
飛行機 111
自家用自動車 175

 -350km/hの超高速鉄道なら、〜1500km位までの航空需要を十分に代替可能

・超高速鉄道の技術的・経済的な後ろ盾と世界への拡大

 -日本の新幹線(1964年〜)の成功が発端。高速・安全・好営業成績輸送の確立。

 -新幹線の成功に刺激を受け、フランス(1981年〜)、ドイツ(1991年〜)で営業運転成功。

 -以降、世界に拡大を続けるものの、その全てが日本・フランス・ドイツ・スペイン・イタリアの技術を受け継ぐ。

 -現在250km/h以上の速度で営業運転する超高速鉄道を有する国:日本・韓国・台湾・中国・フランス・ドイツ・スペイン・イタリア・イギリス・ベルギー・オランダ・ロシア。

【新幹線の実力 抜きん出た技術】

{註}後述するように、これらの技術には、社会が新幹線に突きつけた「厳しい条件」を克服するため、やむを得ず採用されたものもある。

・電車方式の採用
 -高い加速力=(1)所要時間の短縮(2)待避線の長さを短くでき、途中駅を多く設ける場合の建設コストを下げることができる
 -電力回生ブレーキの併用=大幅な省エネが可能。機関車牽引のフランス方式では、客車部分では不可能、ブレーキ保守コストも増大

{註}急勾配・急曲線が多く介在する日本で、一定の輸送力を確保するため、歴史的に電車方式の経験が豊富であったという事実が大きく、それが新幹線に採用されたのは自然な流れであった。

・車内信号方式とATCの採用

 -高速で走る列車上では、視覚による信号確認は不可能である、と開業前から技術開発が進んだ。

・「トータルシステム」
 -信号・軌道・き電系・車両・保守・旅客案内の全てを最適化した結果、今の姿になった。どれが抜けても十分機能し得ない。

{註}後述するように、これが「世界標準化」への弱点にもなっている。

・アクティブ防揺装置(サスペンジョン)


 -揺れの加速度を打ち消すような方向に力を加え、乗り心地を確保する技術。

・車体傾斜制御装置

 -曲線でも乗り心地を損ねず速度を落とさないため、車体をカーブ内側に傾斜させ超過遠心力を低減する装置。地上側の曲線位置データと、列車側の位置と速度情報が、正確に合致していなければ実現し得ない。最新のN700系16両編成(JR東海・西日本)と、E5系(JR東日本)のみが装備する。カーブ前後の加減速が必要なくなったため、消費電力量を大幅に削減できるようになった。

・燦然と輝く実績

 -営業側の責任による乗客死傷者数は、1964年の開業以来皆無である。

{註}営業開始当初は、トラブルが頻発した。その中には、死傷者が出なかったのは奇跡としか言いようがなかったような、きわどい事故も発生した。その問題点を一つ一つ潰しながら、現在の安全性は確立されていったのである。

・!!挙げるべき事項がもっとあることは承知しています。加筆予定。

【日本の世論と新幹線】

 -日本の新幹線が確立した高速・大量・安全輸送能は、世界の交通体系に革命的な変化をもたらした。

 -しかし最近になるまで、優れた環境特性が日本国内で話題になることはなかった。

 -それどころか、「公害の象徴」「無駄な公共事業」としてしばしばやり玉に挙げられるという、極めて不当な扱いを長らく受けていた。

{註}国鉄長期債務問題が、この「冷遇」の根拠の一つとなっていた。

 -世論の冷淡な視線は、路線の延長や高速化が遅々として進まない原因となった。さらに国鉄末期には労使対立が激化し、技術開発も停滞した。営業最高速度も1964年の開業以来22年間も変わらず、フランス・ドイツの技術の後塵を仰ぐこととなった。

 -しかし、新幹線の無い地方がそれを熱望する声が止むことは無かった。

 -国鉄末期以降、新幹線の新規着工にはきつい足枷がはめられた。厳しい(そして、本質的には予測不可能な)需要予測を算出することが求められた。公共事業としては当然ではあるが、一方で競争相手の高速道路・空港の計画は、大甘で非現実的・「着工ありき」の需要予測に基づいて、次々と事業化された。その当然の帰結として、大半の高速道路や地方空港は、需要予測を大幅に下回る実績しか残せず、多額の赤字(と温室効果ガス)を垂れ流すことになり、財政や環境保護の観点からは、「最低最悪」の交通体系ができあがることとなった。しかし、新幹線の新規開業区間は、いずれも事前の予測を大幅に上回る利用実績が上がっていることは、特筆に値する。日本の現在の交通体系が、様々な意味で極めて不公平な「失政」によってできあがった理由の一端を示すものである。ここで今までの失政を認めなければ、日本人は、将来の歴史の評価に耐えられないだろう。

【フランス・ドイツ・中国に抜かされたのは技術的要因ではなく、主に社会的要請に起因する】

・今の最高速度比較

中国 330〜350km/h 日独仏伊の技術によるノックダウン生産
ドイツ 300km/h →330km/h予定
フランス 320km/h TGV東線
日本 300km/h →320km/h予定(2012年度末より)

 -まっすぐで平らな線路を安定して安全に走る能力・省エネ性能=新幹線は他国の技術に比べて全く遜色ないどころか、頭一つ抜きんでて優れている。

・新幹線が320km/hで留まらざるを得ない理由

(0)新幹線に対する世論の無理解や不要論が長く続いた・・・上述

(1)社会的要請 厳しい環境基準=最大の要因

 -商工業地で75dB以下、住宅地で70dB以下→狭隘な国土に密集した住宅、快適な住環境を守る為にはやむを得ない。

{註}しかし、その一方で、自動車(道路)や航空が出す騒音は、事実上「野放し」に等しい。自動車・航空と比較してエネルギー効率が圧倒的に優れた鉄道のみが厳しい条件を背負わされているという事実は著しく公平性を欠き、社会全般の為に好ましくない。

(2)半ば社会的要請 ブレーキ距離4000mの遵守

 -E954系試験車による実験(後述)では、現行ブレーキ装置では340km/hまでは可能。それ以上となると、「ネコ耳」などの技が必要。営業列車に取り入れるのはなかなか難しい→外国では、ブレーキ距離基準はずっと甘い。日本では、安全側のマージンを削ることは、論理ではなく感情が優先され困難である。

(3)土木施設の限界 新幹線=超高速鉄道の元祖=インフラの設計が古く、超350km/hは考えられていない

 -上下線線路間隔 新幹線は4.2〜4.3m 中国高速鉄道は5m 列車高速すれ違い時、特にトンネル内で乗り心地を維持するために、新幹線の基準では若干不足である。

 -最小曲率半径 新幹線は4000m、フランスなどは6000m以上 カーブでの許容通過速度は、乗り心地維持のために直線より低い。半径4000mでは、最新型E5系電車(JR東)の車体傾斜制御装置(1.5度内側に傾けられる)を用いて、やっと320km/hで走行可能である。

(補足)E954系高速試験車(Fastech360S)が達成した成果と課題について

 ☆達成された事項

 -360km/hでの走行安定性には全く問題が無い
 -同速度での車内静粛性には問題が無い
 -同速度での集電性能は、問題が無い程度に改善可能
 -同速度で、周辺(ホーム上・保守係員)への列車風による悪影響が増大することは無い
 -同速度でのトンネル微気圧波は、トンネル緩衝工の設置・改良で抑制することが可能
 -基本ブレーキ装置で340km/hまではブレーキ距離を守ることが可能。非常ブレーキで360km/hでも停まることができる。

 ☆課題が残された事項

 -曲線通過時およびトンネル走行時の揺れ(ローリング)は、320km/hまでは現行程度を実現。360km/hは厳しい。
 -車外騒音は、340km/hまでは環境基準以内に抑制可能。360km/hは厳しい。

【新幹線の「芸術的領域に達した素晴らしい技術」など不要、或いは今のところ不要と思い込んでいる国の方が多い】

・世界の要請=速く・早く・安く
 
 -超高速鉄道の導入に際し、速いことが最大の「売り」。航空を代替しなければ無意味で、世論に対して説得力を持ち得ない。速いということは絶対条件。

 -その意味では、自国内で世界一の営業運転速度が実現できない新幹線が背負っているハンディは大きい。これは、上述のように長く続いた国内世論の偏見によるものだ。自国内で路線延長を順調に伸ばすこともできず、さらなる高速化に不熱心だった国のシステムを外国が注目してくれるわけがない。事実、複数のアメリカの有力議員に「日本に高速鉄道があるとは知らなかった」とまで言われるていたらく。今さら手のひらを返したように、国内で「新幹線礼賛論」をぶち上げても、遅きに失した観がある。

 -インフラの建設も安く済ませたい。財政が豊かで困っちゃう、なんていう国は数えるほどしかない。既存技術のいいところ・コストが安い部分をつまみ食いしたい、という圧倒的なクライアントの声の前には、「トータルシステムでなければダメだ」とい
う新幹線はアピールしにくい。安く済ませられれば、建設の期間も早くできる。

 -営業は、クライアントの意向を取り入れてこそ成功する。「トータルシステム」を強調するばかりでは、それが如何に本質的に重要なことであっても、「つまみ食い」を許す売り込みを図る国に対しては競争に負ける。

 -川崎重工では、自前で350km/hを実現する車両システムの売り込みを図る。業を煮やした形。

 -多くの国の条件では、「車体傾斜制御」「空力特性に優れた形状」「車外騒音抑制」等は、残念ながらさほどアピールしないだろう。

【中国を巡る売り込みについて 合弁や技術供与はある程度仕方がない】

 -日本が売り込みたい最大の相手は中国。また、超高速鉄道の最大需要国は疑いなく中国。

 -日本国内生産だけでは、その膨大な需要に対処しきれないことに気づくべきである。

 -仏独との競争に勝つためには、廉価で車両等を製造する必要がある。その場所は、最大需要国である中国国内に求めるのが最も合理的である。

 -日本が中国を通じて、その技術を第3国に供与できる拠点にもなる。中国は、ベトナムをはじめとする東南アジア、インドにも地理的に近く、輸送コストの面で日本本国や欧州より有利である。

 -知財流出のリスクを恐れ過ぎ、結果として傍観を決め込めば、また仏独に先んじられる。日本メーカーが中国との合弁に動くのは、両者の思惑が一致したからに他ならない。

{コメント}日本のメンツよりも、地球環境を守ることの方がより大事

 新幹線の技術を含む超高速鉄道が世界に広がり、可能な部分では航空や自動車輸送に取って代わることが地球環境の保全につながる。そのことは、「純日本製」とその海外伝播にこだわることよりも、さらに大切である。特に世界人口の4分の1の中国人が、今の日本人のように国内旅行で飛行機を使い、クルマを乗り回したならば、それは間違いなく「人類の破滅」に直結する事態である。それを防ぐ技術は、超高速鉄道以外にはあり得ない。

 新幹線は、日本人が産み出した不世出の技術であり、それを誇りに思うべきではあるが、その一方で新幹線をナショナリズムを具現化する道具と捉え、徒に中国の介在を嫌悪することは、何の解決にもつながらないし、そのような偏狭で近視眼的な見方は「愛国心」ではない。排外主義を露わにすることは、新幹線に限らず、日本ブランドの対外的売り込みには障害にしかなり得ないからである。