前原国交相の新幹線新規区間着手先送り決定と、着工の為の諸条件提示を歓迎する
・・・ただし、前進させる気があるならば。
2010年8月28日
2011年度予算概算要求には、整備新幹線新規区間着工の為の予算はもりこまれず、基本的には今年度までの形が踏襲された。
報道によると、前原国交相は以下の新規整備予定区間それぞれにつき、着工条件を明示したとのことだ。
| 【北海道新幹線 新函館—札幌】 | |
| (1)貨物列車も走る青函トンネルの運行方法と安全対策の確立 | |
| (2)並行在来線の経営区間・方法の解決 | |
| (3)最高速度の見直し | |
| 【北陸新幹線 金沢以西】 | |
| (1)敦賀以西大阪までの整備のあり方を明示 | |
| 【九州新幹線 長崎ルート】 | |
| (1)軌間可変列車GCT(フリーゲージトレイン)の開発 | |
| (2)単線である肥前山口—武雄温泉間ありかた | |
私は大臣案を積極的に評価したい。私が主張してきたこととほぼ同じだからだ。地元は新幹線をただ建設せよ、と言うばかりで、建設に伴って生ずる問題を先送りにしている。その気持ちを理解できないわけでもないが、それを解決する方法を提示してから着手する、というのは政治として当然の、責任ある姿勢だ。
北海道の課題
北海道新幹線の(3)速度向上については、今まで誰も言い出さなかったほうがおかしい。航空に対抗でき、航空需要を減らして鉄道に転移させ、結果として温室効果ガス排出につなげるためには、最高速度向上は不可欠なのだ。それは、北陸や九州における速度向上の必要性より、比べものにならないくらい重要なものだ。「とてもハードルが高い」との意見もあるようだが、私は(1)(2)の解決よりも遙かに簡単だと思っている。もちろん、どこまで速度向上するかによってそれは異なり、仮に「400km/h」などといえば、現計画の予定路線図を描き変えなければならない事態も生ずるが、360km/hで良いなら、曲線部分など、数カ所にやや減速が必要な部分もあるが、基本的に現行計画によるルート案で大きな問題はない。それにこの路線図は、地質学的・地理的に極めて良く吟味された案であり、それを変えることはできない。
210km/hで計画された東海道新幹線の最高速度が270km/hとなり、260km/hで設計された山陽新幹線は300km/hで営業運転が続けられている。同じく260km/h対応で建設された東北新幹線では、宇都宮−盛岡間で320km/h運転が予定されている。この程度の高速走行を実現するためには、土木構造部分を改良する必要はない。JR東日本が320km/h運転の為に手直ししているのは(a)トンネル微気圧波を防ぐためのトンネル緩衝工設置(b)高張力で追従性の良い架線の設置(c)防音壁の扛上 であり、高架橋の橋脚を補強したりはしていない。現行の土木部分の規格と最新の車両技術を用いれば、340km/h運転はすでに可能であり、部分的には360km/hを目指すことさえできる、というのが、JR東日本の高速試験車両を用いた実験結果だ。
技術的にはさらなる高速化が可能であるのに、いつまでも30年以上前の整備計画を踏襲し、トンネル緩衝工の設置等を認可時に織り込まず後から手直し、というのはいかにも無駄であるから、技術的に可能ならば認可時に織り込んでおけ、というのは至極当然の考え方である。ただ、トンネル内での中心線間隔拡大や、或いはトンネル入り口断面積の拡大が、高速走行のためにはより望ましい。しかし、これによって何十パーセントも事業費が増えるわけでもあるまい。高速化対応により、地元負担が増えるのではないか、という不安は、現実的には杞憂である。
新在共用の青函トンネル区間では、貨物列車の運行本数を確保すれば新幹線の速度や本数を減らさざるを得なくなり、逆に新幹線の速度を向上させ、増発しようとすれば貨物列車の本数を減らさざるを得なくなる。しかし、貨物輸送も新幹線輸送も、いずれも重要なのだから、できうる限りの対策を講じる必要がある。青函トンネルをもう一本掘削する、などという気の遠くなるような対応が現実的ではないなか、貨物の走行を確保しながら新幹線の高速性を維持するという、一見相矛盾する要求を実現する現状ではほぼ唯一の方法が、JR北海道が開発中のt/T(トレイン オン トレイン)方式だ。大臣が間接的に、その開発推進に言及したとしたということであるならば、それは有り難い。
北陸の課題
建設を推進したい地元は、「福井まで、そして敦賀まで延伸せよ」と言うが、大阪から金沢まで直通する旅客は、敦賀や福井で乗り換えろとでもいうのだろうか。現行の整備スキームに従えば、そのような極めてバカバカしい事態も生じ得る。これを解決することなしに延伸はあり得ない、という主張を私はしてきたし、京都選出で北陸線の状況もすぐに理解できるはずの大臣も、当然そう考えるだろう。一部在来線利用計画も含め、とにかく大阪までの道筋を立て、大阪・名古屋−富山間の乗客が乗り換えることなく直通できる仕組みを作るべきだ。それが担保されずに、「ただ延伸せよ」と言うのは無責任である。前原国交相の判断は当然である。私も、現行計画のままでの福井や敦賀への延伸には、絶対反対だ。
九州・長崎ルートの課題
地元に建設反対の声が高いことを留意する必要があるし、随所で述べてきたように「なんで長崎?」の感が否めない。作るならフル規格にすべきで、半端な規格を入れるべきではないが、優先順位は低くなるだろう。
私は「長崎ルートを支持しない」と明言してきたし、それを撤回するつもりもないが、一方で声高に反対することもしない。同ルートの反対者の活動には、一部に新幹線及び建設推進派に対する感情的で非論理的な攻撃が目立ち、とても共同戦線を張る気にはなれない。GCTも敵視し、その開発予算が継続されたらあからさまに落胆する、という姿勢は理性のある大人としてどうか、と思われる。GCTは、別に長崎の為だけのものではない。高速走行や在来線の曲線区間の走行に難があって、実現が危ぶまれているが、編成丸ごと軌間の差をものともせずに直通できるという電車はユニークなものであり、国内でも使いうる線区は他にあるかもしれないし、今後海外に輸出できる可能性もあるので、開発それ自体を諦めるべきではない。現行計画による 建設推進には、GCTが実現可能であることが必須であり、それができなければ建設凍結もやむを得ない。そして、あらためてフル規格を計画したらどうだろうか。
大臣に対する最終評価は「お預け」
今回の着工条件の提示については評価するが、それはあくまでも「計画を前進させよう」という意志があれば、という前提である。そうでなければ、単なる「着工先送りの方便」に過ぎない。前原大臣にはいろいろ考えがあり、全てを一度にやることができないというのは想像に難くないが、残念ながら「エコカー減税」「高速料金一部無料化継続」「道路への投資額の基本的維持」「航空発着に際する税金の廃止」など、道路・航空という、鉄道・バスよりも遙かに炭酸ガス排出効率の悪い交通機関利用者への優遇策ばかりが目立ち、鉄道を含めた公共交通は完全に置いてきぼりを喰らい、鉄道やバスの競争力が実際に低下する、という事態が全国的に生じている。将来までに「炭酸ガス排出量を25%削減する」という国際公約は嘘だったのか? それに、北海道延伸区間の条件としてあげた(2)にしても、並行在来線全般に対する援助を約束しておきながら、2011年度には何の予算措置もせず、「それを解決しなければ着工できない」などとは無責任で本末転倒ではないか?
モーダルシフトの意味とその必要性を国民に明示し、新幹線建設推進を明言すべきだ。そしてその考えに裏打ちされた予算案を作り上げたら、初めて前原大臣には及第点をあげたい。残念ながら、今のままでは赤点になる。