中央リニア新幹線 中信の皆様、本当に「Bルート」でいいんですか? 

時間がない!

 1964年の開業以来、我が国の輸送の大動脈を担い、近年では1日あたり30万人を越える利用者がある東海道新幹線。世界に類を見ない、大量・安全・高速輸送機関である。高エネルギー効率・低排出という側面でも、世界の輸送機関に革命的な変革をもたらした。1人を一定距離輸送するために排出する二酸化炭素の量は、航空機の7分の1~10分の1である。環境対策としても再評価され、発明者である日本で路線の拡充がままならない一方、環境に悪影響が大きすぎる航空輸送を代替すべく、世界中がこぞって超高速鉄道を建設中である。超電導リニアは、現在の鉄軌道式新幹線に比べて消費エネルギーは増大するが、それでも単位輸送量あたりでは、航空機の半分ほどで済む。

 その東海道新幹線も、開業以来45年が経過した。インフラ部には手を入れ続け、構造の耐震改良や大雨対策が進んできたが、長大橋梁や高架橋などの基本構造は、開業以来のままである。いずれ耐用年数を迎え、列車を長時間止める必要のある大規模改修を余儀なくされるだろう。

 さらに懸念されるのが、東海地震である。「起こるか起こらないか」という問いの答えは、「100%起こる」である。駿河湾~遠州灘~紀伊半島沖~高知沖~日向灘~・・・の海底を境目とした、フィリピン海プレートの大陸プレート下への潜り込みが止まらない限り、この領域を震源域とした、マグニチュード8以上の巨大地震が繰り返し起こることは、運命的に避けられない。前回の東海地震は1854年、前々回は1707年、さらに前は1605年に起きた。問題は「いつ起こるか」であり、専門家の間でも議論があるが、今世紀中頃までに、1707年の場合と同じく、東南海・南海地震と連動して起こるのではないか、という意見が少なからずあり、その主張にはそれなりの説得力がある。いずれにせよ、必ず東海地震は起こる。その際、東海道新幹線の営業線のうち、震度7の領域は約20~30km、震度6強の領域は150kmほどにも及ぶ。激烈な揺れは2~3分間も継続する。富士川橋梁には西上がりの段差が生じ、蒲原・由比・興津トンネルは、北西に向かって回転するように全体が数メートル隆起し、山全体が大きく地滑りを起こす可能性がある。仮に施設が崩壊しなくても、広範囲にわたる変状の為に、東海道新幹線は最悪の場合、年単位で運休を余儀なくされるだろう。このことをさすがにおおっぴらには言えないだろうが、JR東海が中央リニア新幹線の建設を、とりあえずは首都圏~名古屋のみという中途半端な形にもかかわらず、自前で資金を調達してまで急ぐ本当の理由は、そこにある。そのことを理解して、国全体がリニアの建設を支援しなければ、最終的には国民の経済活動全般に影響するようなツケが回ってくるのである。

中央東線は「並行在来線」となり、松本までの直通サービスは断たれるかも

 中央リニア建設の最大の議論がルート問題である。長野県は、南アルプスを大きく迂回して諏訪を通過する、いわゆる「Bルート」を支持している。一方で、JR東海は首都圏~名古屋をほぼ直線で結び、南アルプスを貫通する「Cルート」の総合的な優位性を示し、「Bルート」は忌避したい構えだ。自前で出す建設資金がなるべく少なく、少しでもランニングコストが抑えられるルートを選びたいのは当然である。ただ、長野県も一枚岩ではない。伊那谷でも、北部は「Bルート」を支持する一方、飯田では「Cルート」の支持が、ここに来て明白になってきた。

 現在、鉄道で東京へ行こうとする場合、諏訪・松本からは特急『あずさ』を利用する。大半の列車は、松本~新宿間の設定である。もし仮に「Bルート」が選択された場合でも、東京からの直通が可能なのは諏訪までである。甲府盆地にもリニアの駅ができるだろうから、『あずさ』の利用者は、大幅にリニアに移行するだろう。リニアを諏訪まで持ってきた上、今まで通り『あずさ』も運行して欲しい、というのは、あまりにも虫が良すぎる。『あずさ』は大幅に本数が減らされることは間違いない。JR東日本は、ルート問題が明らかにならない今、態度を明確にしてはいないが、首都圏~諏訪間は、従来の考えを踏襲すれば、完全に『並行在来線』となる。そうなれば、中央東線は第3セクターの地方鉄道として経営分離され、今の「しなの鉄道」に加えて、その経営に責任を持たなくてはいけなくなるだろう。さらに経営分離がなされれば、東京から松本までの直通サービスは無くなるだろう。利用者の多い松本~首都圏の利用者に、大変な不便を強いることになる可能性もあるが、長野県は一体、その覚悟を持った上で「Bルート」を推しているのだろうか。松本には、諏訪や伊那谷ほどの盛り上がりはないだろうが、もっと関心と危機感を持っても良いのではないだろうか。

「金は出さない、文句は言う」は通用しない

 さらに重要なのは、JR東海は、この中央リニアの建設費を全て自己負担する、と表明しているのである。かつてここまでの大型公共事業を、運営側が全て負担する、という例はなく、その姿勢には悲壮感さえ漂っている。民間企業が自前で金を出す事業に対し、「気に入らない」という理由で地域がストップをかけようとするなら、それは自由主義経済の原則を踏みにじる、タダの地域エゴである。斎場(=火葬場)を建設しようとすれば、地域が反対する、というのはよく聞く話であり、その感情は理解できなくはないが、このケースは逆である。「自分の所に建設しないなら、他に作るな」というのは、理屈として通用しない。「金を出さざるものは、口を出すべからず」というのは、当然の大原則である。

ごく一部の利用者のために、エネルギーを無駄にし、地球環境を悪化させるな

 もちろん、公共事業には「地域振興」という役目もあり、その意見には耳を傾けるべきである。しかし、リニアを諏訪に持ってきたが為に、地域が「振興」し、その結果として首都圏~諏訪・中京圏~諏訪の交流が大幅に増えたとしても、それが一体、首都圏~中京圏の輸送全体のパイのどのくらいを占めるようになるというのか?全体から見ればごくわずかな需要の為に、大半の直通利用者が迂回を強いられて時間を損し、迂回の為に余計なエネルギーを消費して温室効果ガスの排出を増やし、その結果地球環境への負荷を増大させ、運営側のJR東海には、路線延長が伸びたことによる保守費用や、車両の必要編成が増えたことによる余計なコスト増を強いることになる。それに一体、どのくらいの正当性があるというのか。そのための「対価」を長野県は支払う用意があるのか?

諏訪や伊那谷は、巨大地震に強くない

 東海地震対策、という名目では、極力ルートを北に持って行った方がいいように感じるが、残念ながらこの単純な考えは適用できないようだ。東海地震の際、諏訪や伊那谷の想定震度は、周囲より高くなるようである。「東海地震」「想定震度分布」などのキーワードで、中央防災会議や静岡県から公表されているデータを検索し、ご確認いただきたい。「Cルート」でも伊那谷を横切るが、揺れの強い地域を通過する距離は短い方が良い。あまり知られていないが、1944年の東南海地震の際、諏訪盆地の揺れは激烈であり、多くの家屋が倒壊した。現在の震度6相当であったといわれるが、戦時統制のため、情報は秘匿され続けていた。それよりも震源域が諏訪に近い東海地震だったとしたら・・・。

諏訪・松本へ分岐線を設け「整備新幹線建設スキーム」に従い長野県も出資せよ

 以上のように、合理的な発想からは「Cルート」が選択されるのは当然である。「南アルプスの自然への影響」「トンネル掘削の困難」などという理由は、「Bルート」を正当化するために後付けをした言い訳にしか聞こえない(Bルート支持者は、「諏訪盆地の自然への影響」は考慮しなくていいのだろうか?)。しかし、今回の超電導リニア計画は、「中央新幹線」として、数十年も前から計画されていたものであった。現在のような長大トンネル掘削技術もなく、諏訪盆地を通るルートが漠然と考えられていたのは自然であり、それを突然撤回されたとしたら、地元としても感情的には収まらないだろう。

 地元も納得でき、多くの利用者に最大の益をもたらす方法は、恐らく一つしかない。中央リニアの分岐点を甲府盆地に設け、リニア支線を、諏訪までだけでなく、松本まで延伸するのである。支線区間は、リニアの超高速をもってすれば、約10分少々で走破してしまうだろうから、単線で十分である。支線の建設は、整備新幹線建設スキームに従い、長野県も一部を出資する。松本~首都圏の利用者が、途中で乗り換えを強いられるようなバカバカしい事態は、これで避けられる。

 JR東海からは、中央新幹線を鉄軌道で建設する、というオプションも提示された。現在線や、山陽新幹線への乗り入れを可能にする道筋を残す、という意味で、この考えも捨てがたくはある。しかし、超伝導技術の商用確立、という夢を実現できるなら、人類に対するインパクトは計り知れない程大きく、ぜひ超電導リニア計画として実現させたいものである。自分の周囲にのみ目をやるような矮小な議論からは抜けだし、新幹線がそうであったように、再び世界を変え、人類を前進させる技術を日本から産み出したい。


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