2009年度補正予算の新幹線建設事業費1100億円が消えた!?

「建設費高騰」は理解できない

 景気対策の一環として、2009年度には当初予算に加え補正予算が組まれ、5月29日に国会審議が事実上終了したため、成立した。整備新幹線事業についても、1100億円(うち国費733億円)が配分されることとなった。国費の額としては、当初予算を上回る多額の配分となった。世界中が、雇用・景気対策としてだけでなく、環境対策としても超高速鉄道へこぞって投資する時代に、額としてはまだ不十分ながら、補正予算の項目として無視されなかったことに、安堵した。

 ただ、配分先とその理由に大きな疑問符が付いた。建築資材が高騰しているなかで、開業が可能となるように確実に整備を行う、というのが、今回の補正が付けられた理由の一つとなっている。しかし、東北新幹線と九州新幹線鹿児島ルートの工事はいずれもほぼ終わり、土木部分はもちろん、軌道・電気工事の発注もとうに完了している。それなのに、東北新幹線については建設費上昇分の上積みが無く、九州新幹線にはそれがある、と説明されていることは、全く理解に苦しむ。加えて、世界同時不況の影響で、発注価格は急落したはずだ。「建築資材の高騰」という理由には説得力がなくなり、地方が建設費上昇に伴う追加負担に一斉に反対の声を上げたのは、無理からぬことである。

鉄道・運輸機構も予算を使いあぐんでいるらしい

 今回の補正では、ほとんど工事が完了している東北新幹線に40億円配分された。これは、延長1km程の高架橋を、2~3区間ほど発注できる金額である。しかし、鉄道・運輸機構による2009年度第2四半期以降の工事発注予定には、増額分40億円を元手にした追加分が全く見られない。

 考えてみれば、当たり前である。もはや、それほど発注できる工事は無いのである。これは、九州新幹線鹿児島ルートについても同じだが、九州の方はなんと425億円も追加されている。そこまで予算の必要な工事は、もはや残っているとは思われない。

 北陸にしても事情は同じだ。すでに、2009年度当初予算成立の段階で、土木工事の全面着工が決定されていた。この上、475億円もの上積みがあったとしても、一体何に使うのか。ものには順序というものがあり、金さえかければ開業が早まるわけではない。開業までまだ時間があるのに、施設の劣化や陳腐化が起こるのを覚悟で、電気・軌道工事でも発注してしまうのだろうか?実に無駄なことだ。

国発注工事の怪

 一体この予算の使い道はどうなるのか。全く分からない。鉄道・運輸機構の発注実績金額を合計してみても、総建設費には全く及ばない。もちろん、機構が発注しない用地買収費などは、端末のモニタの前に座っている限りは知りようがない。ただ、開業が差し迫った時期の予算増額分は、用地買収費では説明がつかないし、予算がどこに行ったか分からない状況は、いわゆる「公共事業の闇」と解釈されても仕方があるまい。私はたまたま、「闇」の仕組みとして心当たりのある場面を見聞きしたので、ここで紹介したい。

 私が時々足を運ぶ所に、某国立大学(仮に「TIS大」としておこう)がある。数年前から、立派な超高層棟が建築中だったが、ある段階で突然工事がストップしてしまい、ほとんど1年近くその状況で放置されてしまっていたため、一体何がおこったのか訝しんでいた。知り合いに、国立の某研究所で働く科学者が居り、雑談の中でTIS大の状況を話したところ、「うちでもそうだ」との答えが返ってきた。施設の一部移転が決まっていたため、建設工事が進んでいたのだが、突然発注先の大手ゼネコンが、いろいろな理由を付けて「予算が足りなくなった。このままでは工事が進められない」とゴネ始めて、勝手に工事を引き上げてしまったのである。

 これを聞いて、なるほどと思った。どうやらこれが、大手ゼネコンの手口なのである。一旦受注した金額を、後でつり上げるのだ。民間では、一度決まった金額で発注した工事が、このような理由で中断するなど考えられないばかりか、契約不履行で賠償請求さえされかねない。しかし国が相手だと、このような「常識では考えられない行為」がまかり通っているのである。新幹線の工事でも同じことが起こっているかどうかは分からないが、国発注工事では同じようなことが常態化している、と疑われても仕方のない事例ではないか。ゼネコンのゴネ得とそれを長年容認してきた国との馴れ合い。国民の血税がそのような形でゼネコンの懐に消えてゆく。そんな工事を受注するため、高級官僚の懐にも「黒い金」が流れ込んでゆく。このような汚いやり口が公共工事につきものだ、ということは、国民は皆知っているし、それが「整備新幹線悪玉論」を勢いづけることにもなる。新幹線の必要性と、工事受注や予算執行の不透明さとは、互いに独立の問題であるので、国民はそれを区別して考える必要があるが、かような不透明さを解消することが今まさに政治に求められているのであり、それが新幹線事業への理解にもつながる上、なによりも建設費の大幅な抑制につながるであろう。

最新の新幹線が、一番遅い怪

 土木工事増額の為の補正予算、という点は全く理解できないことを述べてきたが、では金の使い道は全くないのだろうか?そんなことはない。新幹線の競争力を増すことになるための投資をすれば、それだけ航空からの転移を見込め、結果的に環境対策となる。競争力を強化する手段の一つが高速化である。最新の車両では、大幅な高速化をしても、旧来の車両と同程度、或いはそれよりも低い騒音やエネルギー消費量を実現しているので、総合的には、高速化は即、環境対策と言っても良い。ただ、そのためにはある程度の設備投資が必要となる。

 2010年12月に東北新幹線八戸-青森間が、そして2011年3月には九州新幹線博多-新八代間がそれぞれ開業する予定となっている。東北新幹線では、ゆくゆくは最高速度320km/hで走行することになる車両の量産先行車が、既に試験走行を始めている。

 しかし、国内最速となる320km/h運転が予定されているのは、宇都宮-盛岡間だけである。整備新幹線として新規に開業した盛岡以北では、260km/hに速度を落として走ることが既に決まっている。これは九州新幹線でも同じである。新大阪-鹿児島中央間には、新幹線『さくら』が直通運転をすることになっているが、最高速度300km/hを出すのは、山陽新幹線区間だけであり、新規に開業する九州新幹線部分では、やはり260km/hに速度を落とす。因みに北陸新幹線の高崎-長野間の最高速度も、やはり260km/hである。通常、後から開業する施設のほうが、後発の技術革新を取り込めるわけなので、スペックが上がる。パソコンでも同じで、クロック周波数や搭載メモリ量が低下し、値段だけは高くなった新製品など、誰も見向きもしないはずだ。しかし、日本の新幹線では、この奇妙なことが起こっている。開業して40年以上が経過した東海道新幹線でさえ、『こだま』も最高速度270km/hで走行しているのだ。

 いわゆる整備新幹線区間は、最高速度260km/h走行を前提として認可されている。鉄道・運輸機構が工事を発注し、後に運営主体であるJRにリースし、貸付料を回収して建設費の一部として充当するのがルールである。発注元と、運営元が違うというこの厄介な状況が、「260km/h止まり」の大きな原因の一つである。鉄道・運輸機構は認可された条件でしか工事を設計・発注しない。リース料を払う立場のJRは、建設段階では自分たちの一存で、勝手な工事を発注するわけには行かない。建設が終了し、JRに引き渡された段階でも、借りた設備の「現状変更」をしていいのかどうか、明確なルールが無いので、少なくとも今の段階で、最高速度を260km/hから引き上げることを言い出せない。仮に後から施設に手を加えて、その結果がより大きな受益に結びついたとしたら、「貸付料を値上げするぞ」と言われかねないので、「高速化のために現状変更したいのですが」などとは、とても怖くて申し出ることができないのだろう。

 この奇妙な状況は、そもそも国・機構・JRが互いにその腹の内を探り合っているから生じるのであって、その不自然さに、国土交通大臣なり、沿線選出議員なりが気がついて、よりよい施設にしていこう、というところに考えが及べば、いくらでも解決の道筋は開かれるだろう。

補正予算は、高速化対応工事及び北海道新幹線新規着工にまわせ

 整備新幹線区間の高速化対応に必要な工事は、何であろう。JR東日本の超高速試験車「Fastech360」を用いたテストの結果、320km/hを上回る運転の為の地上側の対応として(1)高架橋や線路・路盤を大規模に改修する必要は無い(2)高速対応の高張力・軽量の架線を張る必要がある(3)トンネル緩衝工をより高度なものにする必要がある・・・などが明らかとなった(詳しくは、JR東のテクニカルレビューをご参照いただきたい)。今回の補正予算は、是非そのために投じてもらいたいものだ。現状の資金拠出ルールの変更が必要となるだろうが、それは国・機構・JRが一つのテーブルについて決めれば良いのであり、実質上宙に浮いたも同然の補正予算を有効に使うためにも、必ず実現させてもらいたい。

 しかし、高速化対応工事の為に必要な金額を考えれば、補正1100億円という金額は、あまりにも巨額すぎる。これは、北海道新幹線新函館-札幌間着工の足がかりとする為に投じてもよい程の規模である。補正予算で、これだけの金額を引っ張り出したのに新規着工が実現できなかったのは、結局、推進派が財務省の説得に失敗し、また世論の反発を恐れたからであろう。『新幹線建設は環境対策である』と、国民に堂々と説明できないから、いつまで経っても新規区間に手が付けられないのである。その主張を説得力あるものにするためには、航空路や自動車交通を抑制し、より環境負荷の少ない交通体系を実現することを、予算の面からも裏付けし、実効あるものとする必要がある。


←戻る